湖北の国際人…
2010.02.04
今日は、「雨森芳洲庵(あめのもりほうしゅうあん)」をご案内します。
雨森芳洲は、江戸時代中期の儒学者で、朝鮮との外交に活躍した人物です。
雨森芳洲が生まれたのが、高月町雨森(当館からは車で約30分)です。
「雨森芳洲庵」は、東アジア交流ハウスとして、芳洲の生涯をたどり、思想や業績をたたえると共に、東アジアとの交流と友好の拠点として建設されました。
庵内には、芳洲の著書や遺品、朝鮮通信使の資料が展示されています。
朝鮮通信使は、1618年から1811年までに12回、将軍のお祝いなどに日本を訪れた
文化・外交の使節団です。
芳洲は朝鮮通信使とは、1711年(第8回)と1719年(第9回)に、外交文書の役と応接の職務につき、触れ合いました。
雨森芳洲庵には、私も訪れたことがあります。
雨森の集落内はきれいな水路が整備されており、大きな鯉が泳いでいます。
そして芳洲庵には、立派な庭があり、眺めがとてもいいです。
江戸時代に活躍した国際人のふるさとに行き、
「互いに欺かず、争わず、真実を以て交わる」
と説いた国際人・雨森芳洲の考えに触れてみてはいかがでしょうか…。
ロテル・デュ・ラク 前川