石田三成の・・・
2011.01.22
こんにちは。
今日は佐和山城跡をご紹介します!
佐和山城跡は彦根駅北側、佐和山にある城跡です。
佐和山城跡は近江の要衝を守る城として重視されました。
信長は佐和山城跡に重臣の丹羽長秀を配し、信長自身も佐和山城を近江制圧の拠点として利用しました。
秀吉の代も、堀秀政、堀尾吉晴そして五奉行筆頭の石田三成の入城と、佐和山城に重きを置く姿勢は変わりませんでした。
佐和山城は次第に整備され、天正18年、石田三成が佐和山城主となってからは、五層の天守を構え、
鳥居本を大手とする城でした。
また、三成の時代には山上に本丸以下、二の丸・三の丸・太鼓丸・法華丸などが連なり、
山下は東山道に面して、大手門が開き、二重に巡らされた堀の内には、
侍屋敷・足軽屋敷・町屋などの城下町がすでに形成されていました。
その後、関ヶ原の戦いで敗れ、彦根城築城にともない廃城となりました。
その際、石垣や建物の多くが彦根城へと運ばれました。
現在はわずかに「佐和山城跡」の看板が往時を物語るだけとなっています。
また、山頂までのハイキングコースが整備されており、山頂からは彦根城や琵琶湖等が一望できます。
こちらも季節ごとに綺麗な風景が望めますよ♪
ロテル・デュ・ラク 藤田